コロナ禍にあって100歳の誕生日を祝う
英国の退役軍人であり、生ける伝説として愛された故トーマス・ムーア(Thomas Moore)大尉は、2020年4月30日に迎える100回目の誕生日を前に、自宅の庭を100周歩き、NHS(英国国民医療サービス)の慈善団体宛てに3,200万ポンドを超える募金を集めました(補助説明:イギリスで新型コロナウイルス対策の最前線に立つ医療機関やスタッフを支援しようと、99歳の退役陸軍大尉、故トーマス・ムーア氏が「自宅の庭を100往復するから、これを観た皆さん、寄付をしてください」と、募金を募るプロモーションを行った。当初は同年4月30日の自身の100歳の誕生日までに1000ポンドを集めることを目標として掲げていた。しかし4月16日朝に、その目標を達成した。詳細:https://www.bbc.com/japanese/video-52305845 )。このニュースを『BBCブレックファスト』の野外放送で採り上げた同放送局の編集チームのメンバーで、音響エンジニアのポール・カトラー(Paul Cutler)氏は、放送に際してSennheiser Digital 6000を使用しました。
2020年4月30日の朝、世界中で何千という人々が、この元戦車隊長の誕生日に祝いの言葉を述べました。この大掛かりな誕生日に参加したトム・ムーア大尉は、ベッドフォードシャーの自宅から謝意を示しました。当日は、BBC、ITV、ITN、SKYなどのクライアントと23年以上にわたって仕事をしてきた放送音響エンジニアのポール・カトラー氏が音響を担当しました。「『BBCブレックファスト』では、他にも興味深く大規模な野外撮影や特集を組んできました」とカトラー氏は振り返ります。「他の事件やイベントと違い、このプロジェクトは特にあっという間に注目を集めました。ただし、拡大し続けるこのニュースを追い続けるためには、技術的な課題も生じていました」。カトラー氏は、BBCブレックファストとBBCニュースのエンジニアリングマネージャーとZoomで最初のミーティングを行った後、すぐに自宅からトム・ムーア大尉の家に向かい、その日の午後にブリーフィングを行いました。
「そうしたのは、野外の現場を実際に見て、そしてもちろんトム・ムーア大尉に直接会いたかったためです。当然、ソーシャルディスタンスを保ちながらですが」とカトラー氏は続けます。「当時は、扱う内容や野外という難しさから、かなり大掛かりなセットが必要なことが明らかになりました。そこでプレスティン・ブロードキャスト・ハイヤーに電話をかけました」。カトラー氏はプレスティン・ブロードキャスト・ハイヤーの商品をよく利用していて、サービス水準の高さも把握していました。「彼らの機材はトラブルがないし、最適な状態で渡してくれると確信していました」とカトラー氏は言います。カトラー氏はPPU & RFハイヤーマネージャーのダン・ソモイ(Dan Somogyi)氏に実現したい内容を伝え、プレスティンの音響責任者のデビッド・ハンドレー氏と共に話し合いました。
「全員一致で、ゼンハイザーDigital 6000シリーズを使うべきだという結論に至りました」とカトラー氏は振り返ります。「なぜなら、100%の信頼を置ける無線マイクロフォンが必要だったからです。また、受信機が比較的近くにあるため、マイクロフォンをローカルにかなり短い範囲で動作させる必要がありました。無線マイクロフォンでは、必要な分だけ利用する方が効果的です」
「高出力のデバイスが多数存在する状況はなるべく避けるべきです。複数の周波数帯が使われており、IEMやトム・ムーア大尉のBluetooth補聴器などが近距離で混在しているのです。低出力で、バッテリー消費が少なく、クリアな音質を実現していることが重要でした」。カトラー氏にとって重要なもう一つの条件は、直感的に使える無線マイクロフォンであることでした。「当日、音響を担当したジェイミー・ダン(Jamie Dunn)氏にとっても初めて扱うマイクロフォンでしたし、生放送で、かつ視聴者数も700万人を超える状況でした」とカトラー氏は言います。「ミスは絶対に許されない中で、周波数やゲインの設定を必要に応じて簡単かつ迅速に変更できる、非常に使いやすいマイクロフォンであることが極めて重要でした」
ソーシャルディスタンスのガイドラインもあり、出演者全員が自分でマイクをつけられることも条件でした。ダン氏がテーブル上に滅菌されたマイクロフォンを置き、出演者はダン氏の手本に従い、自分で装着しました。「出演者の年齢層は、トム・ムーア大尉の孫から100歳となるご本人まで、実に幅広かったのです」とカトラー氏は言います。「そのため、人間工学的に優れた設計であることが非常に重要でした。小さく、装着しやすく、堅牢なマイクロフォンである必要がありました」。もう一つの重要な点が、バッテリー持続力でした。一度出演者が装着したマイクロフォンは、バッテリーを交換することができないからです。「放送は朝の6時から9時過ぎまででした」とカトラー氏は言います。「しかし、前もって繰り返し確認も行っていたので、無線マイクロフォンは5時から使われていました。放送終了まで確実にバッテリーが持つことを把握しておく必要があったのです。これが、プレスティン氏がDigital 6000を提案したもう一つの理由でした」
この日の機材は、最大12時間のバッテリー駆動が可能な小型のデジタルボディパック型送信機SK 6212が8台、SKM 6000送信機が2台で、10チャネルの6000シリーズと9000シリーズのカプセルを使用しました。さらに、Sennheiser MKH 416マイクロフォン4本を英国空軍のフライパストのアンビエントサウンド用に使用しました。また、同マイクロフォンをさらに2本、スタンバイ用にポールへマウントしました。英国内だけでなく世界的にも注目を集める中、技術的な失敗は許されず、すべての機材について完璧な信頼性が求められました。「D6000を選ぶのは当然のことでした」と、プレスティンの音響責任者のデビッド・ハンドレー氏は言います。「卓越した音質と極めて堅牢なRF無線伝送技術で知られるD6000は、今回のような生放送の要件に完璧にマッチしていました。さらに、最新のソフトウェアアップデートによって、もともと混雑した環境にさらにチャネルを詰め込めるようになったため、いざ必要になったときにも対応できるという点もメリットでした」
「ゼンハイザー以外は考えられませんでした」とカトラー氏も同意します。「マイクロフォンには完璧な動作が求められました。もし技術的な問題が発生すれば、番組のクリエイティブな雰囲気や物語の邪魔になってしまったでしょう」カトラー氏は、従来の野外での生放送と比べ、この日はソーシャルディスタンスを遵守するための予防措置が必要だったと言います。「通常はバンの中に座って制作作業を進めます。ミキシングもかなりオープンな環境で行われます。一方、コロナ禍では万全なリスク評価が必須です。音声用に別の車両を使用し、自分で設定し、無線マイクロフォンからのフィードを受信して、衛星トラックに送信するという作業を行います。野外の撮影では、他の放送局からのRF干渉といった課題が発生します。ですが幸いなことに、この日は『BBCブレックファスト』の独占放送でした」
募金活動が大きな成功に終わった後、トム・ムーア大尉は名誉大佐と英国クリケットチームの名誉メンバーに任命されました。この日を記念して、英国空軍のフライパストに加えて、女王と首相から誕生日の挨拶も行われました。さらに翌月、トム・ムーア大尉は募金活動の功績によりナイトに叙されています。カトラー氏にとって、「英国のタリスマン」とも呼ばれるトーマス・ムーア大尉と直接会い、寛容と善意に満ちた祝賀の場に参加できたことは忘れられない体験となりました。「20年以上にわたりオーディオ業界で働く中で、様々な意義深いイベントに関わってきました。そんな私にとっても、このイベントは間違いなく最も記憶に残るプロジェクトになりました」とカトラー氏は述懐します。「大切な物語を最高品質のオーディオ機器で記録でき、トム・ムーア大尉の思い出を未来に残せたというのは、これ以上ない喜びです」